发新话题
打印

【天声人語】

2005年05月31日(火曜日)付

フェニックスは、エジプトの神話に出てくる霊鳥だ。数百年生きると焼け死んで、また生まれ変わる不死の象徴だ。  「巨大な不死鳥」と名付けられた高速増殖炉「スーパーフェニックス」を見たのは二十数年前だった。フランス・リヨン近郊のローヌ川沿いの町である。高速増殖炉は、理論上は、使った核燃料よりも多くの核燃料を生むという。職員の説明には、核技術の最先端に居るとの誇りが強く感じられた。  世界唯一の実証炉だったその「不死鳥」は、後に冷却材のナトリウム漏れなどで運転が止まった。98年には廃炉と決まる。その報には、世界有数の原発推進国での変化が感じられた。  福井県にある高速増殖原型炉「もんじゅ」の設置許可をめぐる上告審で、最高裁が、国の許可を無効とした二審判決を破棄した。逆転敗訴した住民側が提訴したのは85年だった。提訴からこれまで、20年もの歳月を要した。そして判決は大きな幅で揺れ続けた。住民側には、受け入れがたい思いが、強いだろう。  判決は「設置の安全審査に見過ごせないミスはなく、許可は違法ではない」と述べた。しかし、設置許可が違法でなかったと認定したことと「もんじゅ」が正常に運転できるかどうかは別の問題だ。  「不死鳥」にしろ、文殊菩薩(ぼさつ)にちなんだという「もんじゅ」にしろ、設置者の命名の思いは、わからないではない。しかし、その現場で日々仕事に取り組んでいるのは生身の人間だ。核エネルギーの制御という、未知なことの多い極めて困難な試みには、常に慎重さと謙虚さが求められる。

TOP

2005年06月01日(水曜日)付

半畳とは、元は江戸時代の劇場で見物人が敷く小さな畳やゴザだった。「半畳を打つ」は、半畳を投げて役者への不満や反感を表すことだ。  しかし、その時に舞った座布団は不満からではなかった。「場内のお客さんが、天井が見えないぐらいに座布団を投げあげていた。多くの貴ノ花ファンにとって待ちに待った優勝だったのだなと思った」。貴ノ花が初優勝を決めた一戦で、敵役となって敗れた北の湖(日本相撲協会理事長)が回想する。75年春場所だった。  この直後に出た『貴ノ花自伝 あたって砕けろ』(講談社)には、こうある。「物心ついたころから『若乃花の弟』といわれるのがいやでした」。しかし15歳の春、親方になっていた元横綱若乃花に弟子入りを願い出る。兄は断ったが母が助け舟を出した。  兄は厳しく言い渡す。「きょう限りで、お前と兄弟の縁を切る。あすからは親方と、ただの新弟子でしかない」。弟はひたむきな精進で一直線に番付を上っていった。  しかし十両優勝後のある朝、二日酔いで稽古(けいこ)をさぼる。「『この野郎、いい気になって……』。私は持っていた青竹でメッタ打ちにした。青竹はバラバラになり、あたりに血が飛び散った」(『土俵に生きて 若乃花一代』東京新聞出版局)。  「土俵の鬼」と言われた兄は「栃若」時代を築く。弟は「柏鵬」時代以降、小さな体で真っ向勝負を貫いた。そして子を「若貴」の両横綱に育てあげた。戦後の角界に長く大きな貢献をした「伝説の大関」貴ノ花・二子山親方が、惜しくも55歳の若さで逝った。

TOP

2005年06月02日(木曜日)付

「その話は墓場まで持ってゆく」。世間では、なかば冗談で言うこともある。  冗談ではなく、その人物が墓場に行くまでは明かされないはずだった秘密が、突然明かされた。ニクソン米大統領が辞任に追い込まれたウォーターゲート事件報道の情報源だった人物を指す「ディープスロート」の正体である。  事件当時、連邦捜査局(FBI)の副長官を務めていたマーク・フェルト氏、91歳だった。自宅で手を振る姿は、さすがに老いを感じさせるが、当時は50代後半だった。  ディープスロートは、ワシントン・ポスト紙のウッドワード、バーンスタイン両記者が事件の報道過程を書いた『大統領の陰謀』(立風書房)に繰り返し出てくる。ウッドワード記者と駐車場などで会い、民主党全国委員会本部に侵入して盗聴器を仕掛けようとした事件の裏側を話した。  時には、大統領の側近たちが卑劣な手段を使って権力にしがみつくあさましさを語った。ウッドワード記者は「数々の戦闘で戦い疲れた人間の諦(あきら)めを感じた」という。そして、ディープスロートを「賢者だと思った。冷静で、入手できる最高の真実しか信用しないような人である」と描いた。  今回は、フェルト氏自身が雑誌でディープスロート本人と名乗ったことで、両記者も「計り知れないほどの支援を受けた」と認めた。秘匿の約束を守り通した記者があり、記者たちを支え、政府に抗して報道を貫いた新聞社があった。フェルト氏の33年ぶりの「告白」と笑顔に、メディアのありかたが改めて問われるような思いがした。

TOP

2005年06月03日(金曜日)付

加盟する各国が、同じ一人の大統領をもつ。そんな「欧州大統領」の誕生を盛り込んだ欧州連合(EU)憲法条約についてのオランダの国民投票で、反対票が約6割に達した。  フランスでの国民投票に続く「ノーの連鎖」となった。早足で進んできた欧州統合だが、両国民は、やや手綱を引くようにと意思表示したかに見える。  衆院憲法調査会の資料で、EU憲法条約を読むと、前文には歴史を顧みる一節があった。「辛苦の諸経験の後に再び合同した欧州は、最も脆弱(ぜいじゃく)苦難の身にある住民におよぶすべての住民の幸福のため……」。戦争は、勝っても負けても悲惨な結果をもたらす。勝者はいない。手をたずさえて歩むしかない。そんな思いがにじんでいるようだ。  EUが基礎に置くべきものとしては「人間の尊厳、自由、民主主義、平等、法の支配、少数者である人々の権利を含む人権の尊重」とある。こうした基本理念では合意しながらも、それぞれの国民感情や、自国の政治への評価の違いなどが、国民投票の結果に映っているのではないだろうか。  25カ国にまで拡大したEUだが、欧州とアジアの境目にあるトルコの加盟を巡って見方が分かれている。今回の「ノーの連鎖」は、秋から始まる加盟交渉に響くかもしれない。  ヨーロッパという言葉は、ギリシャ神話のフェニキア王の娘エウロペから来たとの説がある。エウロペは牛になったゼウスにさらわれる。歴史的な「平和な統合」を試みる現代のエウロペの方は、足元をよく確かめながら、行き先を見定めてもらいたい。

TOP

2005年06月04日(土曜日)付

苦無、と書いて「くない」と読む。昔、忍者が使った道具の一つだ。「鉄製の太い釘(くぎ)を中央から平らめて柳葉状にしたもので、忍者が土台下を掘って潜入するのに用いた。大小あり、ときには手裏剣にも使えた」(『図説日本武道辞典』柏書房)。  全国各地のガードレールで次々にみつかっている金属片が、忍者の持ち物であるはずはない。しかし、先のとがった形には、苦無の「柳葉状」を思わせるところがある。ガードレールから突き出たさまは、塀の上にとがった金属を立てた「忍び返し」を連想させる。なぜこんなものが、これだけ多く、しかも全国にあるのか。不思議であり、不気味だ。  故意に置かれたものとすれば、実に悪質な犯行だ。音もなく、鋭い爪(つめ)を立て、誰かが傷つくのを待つ。傷が深ければ命にもかかわるような凶悪な仕掛けをして回る姿は、想像する だにおぞましい。全都道府県に仕掛けるだけの員数も要るだろう。  故意ではないとすると、どうか。ガードレールの設置業者は「部品ではないし、設置工事には使わない」という。これほど危険なものが、こんなに多く現場に放置されるとは考えにくい。  車の整備業者などには、接触した車のボディーの一部がはがれたのではないかとの見方もあるという。事故とするならば、金属片の見つかった個所数が、地域によってかなり違うのはなぜか。突如牙をむいた未確認危険物体の謎が深まる。  本来ガードレールは、人の安全を守るための装置のはずだ。そこに、苦無のような切っ先が潜んでいるようではたまらない。

TOP

2005年06月05日(日曜日)付

「昭和33年4月、東京の都立墨田産院で生まれ、O型かB型の男性はいませんか」。福岡市に住む47歳の男性が懸命に人捜しをしている。生後すぐ産院のミスで自分と入れ替わった相手だ。  両親と弟の4人暮らしだった。8年前、母が入院して初めて血液型が判明した。B型という。父はO型だから自分がA型なのはおかしい。「若いときに浮気したのか」。問いつめて母を泣かせた。  親子で数年間悩んだ末、一緒にDNA鑑定を受けたのは昨春のこと。血のつながりはないと言われた。男性は産院を運営した都を提訴した。先日の判決で、東京地裁は取り違えがあったと認めたが、賠償請求は退けた。  『ねじれた絆(きずな)』(文春文庫)で取り違え児の苦悩を描いた作家、奥野修司さんによると、同種の事故は昭和30年から50年代に見られたという。「どこも新生児室が満員で、名札や名入りの産着がよく入れ替わった」。幼児期に発覚して、ものごころがつく前に親元へ戻されて決着をみた例が多い。  墨田産院は17年前に閉鎖されている。閉院時に刊行された『記念誌』には、36年に及ぶ分娩(ぶんべん)記録がある。当時は毎日3人ほどの出産があったが、原告が生まれた年の4月前後だけなぜか記載がない。「カルテ紛失のため」という注記があるが、いかにも不自然に見える。  運命のむごさを思う。入れ替わった相手はだれか。気づかずに暮らしているのか。実の親は健在か。敗訴してなお原告は親捜しに必死だが、育ててくれた両親は違う。「今さら調べ尽くして幸せになれるのか」と消極的だという。

TOP

2005年06月06日(月曜日)付

ことしも「カスタネットの季節」がやってきた。カッカッ、カッカッ。陽気に誘われるように、駅の階段や下りエスカレーターで、よく聞こえてくる。手のひらでなく、女性たちが足元で鳴らす。そう、あのわざと響かせているような靴音だ。  涼しくて、デザインもかわいい、ミュールという突っかけが音源である。歩くたびに、いったん浮いたかかとが、着地する際にヒール部分を地面に打ちつけて鳴る。歩く姿勢や速さ、体重、ヒールの高さ、細さによって、音は高くも低くもなる。  いかに履きやすくても、本人もうるさかろう。あまりに傍若無人ではないのか。こんなオヤジの小言を口にしたら、同僚が教えてくれた。彼女たちは「カスタネット娘」とか「カンカン女」と呼ばれているのだ、と。  名前がつくほど広がったからだろう、あの音を防ぐ商品がよく売れている。かかとの部分に張る両面テープ状の敷物で、足の裏が靴底から離れない。いわば、カスタネットを閉じておく仕掛けだ。  2年前から売り出した静岡市のメーカーの場合、27歳の女性社員のアイデアだった。ミュールでも走りたいと考案したら、防音効果も大きかった。いま特許出願中だ。今春から別の会社も参入している。靴の騒音は改善されるかもしれない。  そう思って列車内を見渡すと、大声で話す「ケータイ君」もヘッドホンをつけた「シャカシャカ虫」も減った気がした。ほっとした気分で降りようとしたら、ドアの前で動かない男性がいた。まるで「お地蔵さん」だ。静かでも、乗り降りの邪魔だってば。

TOP

2005年06月07日(火曜日)付

故意に仕掛けられたのか、あるいは事故でできたのか。全国各地の道路でみつかった謎の金属片は、ガードレールにぶつかった自動車の車体の一部という見方が強まっているようだ。  衝突した形跡が無い所とか、金属片がねじこまれたような個所もあるという。従って故意説も捨てきれないが、もし金属片の多くが事故によるものとなれば、故意による犯行とはまた別の、深刻な問題が浮上する。  金属片に気付かずに走り去ることもあるだろう。ガードレールにぶつかった後、届けを出さなければ「当て逃げ」の疑いが出てくる。運転者にけがもなく、車の損傷も小さいとなれば、届けを出さない方に流れてしまうのかも知れない。  刃物のようなものが残っても、それで将来、運転者本人が傷つくことは、まずない。いつの日か、現場に潜む危険を知らずにさしかかる歩行者などにまでは思いが及ばず、あるいはそうなっても自分とはかかわりがないなどと、無責任な考えに陥るかも知れない。  金属片は、全国の万を超える個所でみつかった。長く放置されていたらしく、さびたものもある。その群れは、「道路は車のもの」といった運転が横行する車社会に突きつけられた刃(やいば)のようにもみえる。  この国には7千万台を超す車があり、日々走り回っている。道路を造り、管理し、事故を扱う部門で、路上の刃はどう扱われてきたのか。放置されてきたのはなぜか。そして車の業界では、車体の一部が刃になりうることをつかんでいなかったのだろうか。謎はそちらの方にも向いている

TOP

2005年06月10日(金曜日)付

本名は、アルトゥール・アントゥネス・コインブラという。そのアルトゥールがアルトゥジーニョになり、アルトゥズィーコが簡略化されてズィーコ(Zico)になった。後に世界中に知れ渡るこの愛称を付けたのは従姉妹(いとこ)リンダだった(『ジーコ自伝 「神様」と呼ばれて』朝日新聞社)。  監督・ジーコの声が、タイ・バンコクのスタジアムに響いた。からっぽの白いスタンドに囲まれた異様な無観客試合を見事に制して、日本代表が帰国した。  サッカー・ワールドカップ(W杯)出場を決め、ジーコ監督は「日本に恩返ししたいと思っていた。それが出来て感激でいっぱい」と述べた。一時は、監督の進退を問う声もあがった。就任から1千余日、力を尽くし、ついに期待された結果を得たという思いが強いのだろう。  時に、印象的な言葉を残す人だ。「我々がスポーツをしているのと同じ時間に、人が殺し合い、幼い子どもが命を落としていることを思うと非常にやりきれない」。一昨年3月、イラク戦争の開戦後に語った。「私はブラジルという平和な国で育ち、愛の大切さを教えられた。戦争の当事者たちに、愛と平和についてもう一度考えてもらいたい」  「自伝」には、こうある。「(私を)どうか過大評価しないでほしい。私はサッカーが好きで、そのサッカーを続けていくために人より努力と犠牲を惜しまなかっただけなのだから」  ジーコ流とはそれぞれが「個」を磨き続けることのようだ。世界からドイツの空の下に集う、磨かれた「個」の競い合いが楽しみだ

TOP

2005年06月11日(土曜日)付

霧雨の中を歩く。傘をさすほどではない。限りなく細かい雨粒が緩やかに吹きつけてくるのが心地よい。関東や九州北部などが、昨日梅雨入りした。傘の花咲く季節が始まる。  「愚か者だけが人に貸すというものが三つある。また、貸したものが返してもらえると思ったら、これほど愚かなことはない。それは、本、傘、金だ」。英国のユーモア作家、ダグラス・ジェロルドの言葉という(T・S・クローフォード『アンブレラ』八坂書房)。  「名前を思い出せないが、どういう物かは言える。他人が持っていく物だ」。米国の思想家ラルフ・エマソンが「言葉の記憶があやしくなり始めたころ」に言ったという。被害が度重なったのか。こんなふうに言い換える人がいるかも知れない。「名前を思い出せないが、それを無くしたくなければ、決して家の外に持ち出してはいけない物だ」  傘は小さな別世界をつくる。「夜目遠目笠の内」という。傘もまた、その下の淡い影で人をぼんやりと包む。  絵や文学にも数多く登場してきた。6月11日を「傘の日」とする日本洋傘振興協議会の広報紙が、荷風の「ぼく東綺譚」を取り上げている。「わたくしは多年の習慣で、傘を持たずに門を出ることは滅多にない」。そんな男の傘に、「そこまで入れてってよ」と言いつつ、女が首を突っ込んでくる。梅雨の日の情景だ。  霧雨は、いつか本降りとなった。街の並木にふりかかる。柳が一本、ぬれそぼって立っている。柳は春の季語だが、ふと、芭蕉の一句が思い浮かんだ。傘(からかさ)に押わけみたる柳かな

TOP

发新话题